次の家族会議で、最初にすることは「分け方」ではない
実家をどうするか。親の逝去後、兄弟姉妹が集まって話をする。その家族会議が止まるのは、いきなり「どう分けるか」から入るからです。売却代金を誰がいくら取るのか、月々の費用をどう折半するのか。利害がぶつかる部分から議論が始まると、話は進まず感情の対立になります。
次の集まりまでに揃えるべきは、分け方ではなく3つの共通の数字です。この記事では、その3つを軸に、実務的に話を進める順番を説明します。
なぜ分け方から入ると、話は止まるのか
家族会議が止まる場面は、ほぼ決まっています。分け方の議論に入った瞬間です。
売却した場合のお金を誰がいくら受け取るのか。それまでの固定資産税や保険料を折半するのか、それとも全員平等なのか。こうした配分の話が出ると、すぐに利害がぶつかります。「自分は親の介護をもっと見た」「自分は遠方から何度も駆けつけた」という計算が出てきて、合意がさらに遠くなるのです。
不動産と金融の実務を15年、物件のデューデリジェンスは30件を超えました。その中で相続がからむ物件に立ち会うたび、同じ止まり方を見てきました。
問題は家族関係が悪いからではなく、話す順番が逆になっているからです。
材料がないまま「どう分けるか」から入るから、感情が出てきます。先に共通の材料を全員が同じ紙で見れば、分け方は自動的に絞られます。
揃えるべき3つの数字とは
家族会議の最初にやることは、この3つです。意見を言わず、ひたすら事実を共有することが目的です。
① 放置した場合、1年でいくら出ていくか
固定資産税、火災保険、電気や水の基本料。定期的な草刈りや点検で人に頼む費用。遠方なら交通費。この4つを全部足して、年額を出してください。
その数字を兄弟姉妹全員が同じ紙で見る。見たら、ここでは意見を言わない。「年間いくら出ていくのか」という事実を共有するだけです。
多くの家族は「放置は無料で待つこと」と思っています。その数字を見ると、「放置も毎年確定でお金が出ていく選択肢だ」と気がつきます。この気づきが、次の議論を変えます。
② 借り手・買い手は、実際にいるか
賃貸ポータルで、似た広さ・築年数の物件を検索してください。その市区町村でいま何件出ていて、いくらで、いつから載っているか。3ヶ月前から載ったままの物件が並んでいるなら、その価格帯では借り手が付いていない、という意味です。
売る場合は、国土交通省の不動産情報ライブラリで成約価格を確認します。売り出し価格ではなく、実際に成立している価格を見ることが大事です。
この調査も、家族全員で同じデータを見ます。「実は借り手がいない」という事実が共有されると、「貸す案は現実的ではない」という判断が全員の中で同時に生まれます。
③ 使える状態にするのにいくらかかって、何年で回収できるか
雨漏り、シロアリ、給排水、電気。この4つは必ず見積もりを取ってください。業者に入ってもらい、修繕費を数字にします。
その修繕費と、②で見た借り手・買い手の条件(家賃や購入予算)を照らし合わせます。修繕に大きな額がかかるのに、得られる家賃が小さい市場なら、回収に長い年数がかかる。そこまで待つのか、という判定が誰にも見える形になります。
合意に至るまでの5つの順番
①②③の3つの数字が揃ったら、ここからが本番です。合意まで5ステップあります。
ステップ1 事実の共有
①②③を、全員が同じ紙で見る段階。ここでは意見を言いません。
ステップ2 「決めない」の値段を全員で見る
①の年額に、放置する予定の年数を掛けてください。5年なら年額の5倍。これが「決めない場合の支払額」です。
全員が見ると、放置は無料で待つことではなく、毎年確定でお金が出ていく選択肢だ、と気がつきます。ここが心理的な転換点です。
ステップ3 選択肢を2つまで絞る
①の金額が大きくて②で借り手が見つからなければ、売却か解体。①が小さくて②で借り手がいれば、貸す方向。②の借り手が特定の相手(NPOや福祉施設)にだけいるなら、その活用企画が初めて意味を持ちます。
事実から、自動的に選択肢は2つまで減ります。
ステップ4 誰が実務を担当するか、を先に決める
分け方を決める前に、手を動かす人を決めます。物件の状態を見に行く人。役所で手続きをする人。不動産業者と打ち合わせする人。
その人がいなければ、どんな計画も進みません。ここを最初に決めないと、その後のプロセスがすべて止まります。
ステップ5 分け方と負担を1枚の覚書にする
誰が実務を担当するか。月々の支払いと修繕費の負担をどうするか。売却代金や家賃をどう分配するか。これらを覚書に書きます。口約束にしません。
相続登記や名義、普通借家か定期借家かといった法律的な線引きは、司法書士や弁護士に確認します。ここで素人判断をしないことが大事です。
手間をかける人の時間をタダにしない
実務が決まったら、その人の手間を数字化します。
遠方から何度も通う交通費。役所の手続きに費やした時間。不動産業者との打ち合わせ。これを「親孝行だから」「兄弟だから」として無償にすると、その人が動けなくなった瞬間に全部止まります。
最初から手間を分配の計算に入れることが、継続的に動かすための条件です。
家族会議の場の作り方——一度に全部決めない
最後に、話し合いの進め方です。
一度に全部を決めようとしてはいけません。1回目の集まりは、①②③の数字を置くことだけが目標、と最初から決めておきます。
その場で全員が合意する必要はありません。持ち帰って考える期限だけ決めて解散します。オンラインでもかまいません。
話がまとまらなければ、第三者(司法書士、弁護士、不動産業者)に同席してもらいます。個人の感情ではなく、手続きの話に戻せます。
よくある質問
Q1. 相続登記は、話し合いがまとまってからで大丈夫ですか?
いいえ、待たせないでください。相続登記は令和6年(2024年)4月1日から申請が義務化されています。不動産を取得したことを知った日から3年以内に申請する必要があり、正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象になります(法務省)。
ここで多くの方が「まだ分け方が決まっていないから登記できない」と止まります。その場合に使えるのが相続人申告登記です。自分が相続人であることを法務局に申し出るだけで、期限内の義務は果たしたことになります。ただしこれは権利関係を公示するものではないので、売却や抵当権設定をするときは別途あらためて相続登記が必要です(法務省)。
つまり、①②③の話し合いと登記は並行して進めるものです。手続きの具体は法務局か司法書士に確認してください。
出典:法務省「相続登記の申請義務化について」/法務省「相続人申告登記について」
Q2. 兄弟の一人が反対したら、どうすればいいですか?
その人にも①②③を見てもらいます。意見ではなく事実の共有だけです。「反対」ではなく「納得できるまで情報を見る」という段階にとどめます。期限を区切れば、その間に考えるきっかけになります。
Q3. 実際の修繕費や年額をどうやって調べるのか、わかりません
修繕費は不動産業者に見積もり依頼します。年額の固定資産税は役所で確認、火災保険は過去の保険証を見ます。交通費は実際に足した額です。わからない部分は、その調査を司法書士や不動産業者に任せるのも手です。
Q4. 実家の価値がほぼゼロの場合は、この方法は使えないのでは?
むしろ逆です。価値がゼロの物件ほど、①「毎年いくら出ていくか」が重要です。その数字を5年分計算してみると、放置は確定で大きな支払いになることが見える。その時点で「解体や売却」という選択肢が自動的に現実的になります。
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