相続放棄と空き家の管理義務|義務が残る人と残らない人の分かれ目

実家の相続放棄を考えるとき、多くの方が知りたいのは結局この一点だと思います。「放棄すれば、この家の面倒を見なくてよくなるのか」

インターネット上には「相続放棄しても管理義務は残る」という説明が今も数多く残っています。ですが、この点については令和5年(2023年)4月1日から法律の条文そのものが変わりました。いまの答えは「残る人と残らない人がいる」であり、その分かれ目ははっきりしています。

この記事では、その分かれ目と、放棄を選ぶ前に必ず確認しておきたいことを整理します。不動産と金融の実務を15年、物件のデューデリジェンスは30件を超えました。手続きそのものは弁護士・司法書士の領域ですが、「その建物が現実にどうなるか」という部分は不動産側の話です。そこをお伝えします。

まず前提——相続放棄をしても、家は消えない

相続放棄は「亡くなった方の財産を、はじめから受け取らなかったことにする」手続きです。あなたの権利がなくなるだけで、建物は現地にそのまま残ります。

雨漏りは進みます。庭木は伸びます。屋根材は劣化します。放棄の書類が受理された瞬間に、これらが止まるわけではありません。ここを「放棄=家が問題ごと消える」と受け取ってしまうと、後の想定がすべてずれます。

管理義務が残る人と、残らない人

分かれ目は「放棄したとき、現に占有していたか」

改正後の民法第940条第1項は、相続の放棄をした人が、その放棄の時に相続財産に属する財産を「現に占有している」ときに、相続人などに引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもってその財産を保存する義務を負う、と定めています。

この条文から読み取れることは、次のとおりです。

  • その家に住んでいた、あるいは現に管理していた状態で放棄した人 → 保存義務を負います
  • 遠方に住んでいて、その家を占有していなかった人 → この条文の義務は生じません
  • 義務の中身は「管理」ではなく「保存」。積極的に手を入れて価値を維持することまでは求められていません
  • 義務が続くのは引き渡すまで。永久に負い続けるものではありません

つまり、「相続放棄をしても、誰であれ管理義務が残る」という説明は、現在の条文とは違います。改正前の条文は「その放棄によって相続人となった者が管理を始めることができるまで」と広く読めたため、そうした説明が広まりました。いま検索して出てくる情報が、改正前のものである可能性を疑ってください。

出典:e-Gov法令検索「民法」第940条法務省「新制度の概要・ポイント」

それでも自己判断は避けてください

「現に占有している」に当たるかどうかは、実際の状況で判断が分かれます。鍵を持っているだけの場合、荷物を置いている場合、月に一度見に行っている場合。こうした線引きは条文を読むだけでは決まりません。自分がどちらに当たるかは、弁護士または司法書士に確認してください。この記事の役割は「確認すべき論点がここにある」と示すところまでです。

本当の落とし穴は、管理義務ではなく「その次」

実務で本当に詰まるのは、管理義務の有無ではありません。放棄した後、その家の所有者が誰もいなくなるという状態です。

放棄は次の順位へ回る

あなたが放棄すると、相続する権利は次の順位の人へ移ります。子が全員放棄すれば親へ、親がいなければ兄弟姉妹へ、というように移っていきます。

ここで起きがちなのが、知らせないまま放棄することです。ある日突然、疎遠だった親族のもとに家庭裁判所から書類が届く。順位が回ってきたことを、本人がそこで初めて知る。この状態から関係を立て直すのは簡単ではありません。放棄を決めるなら、次の順位が誰なのかを先に調べ、事前に伝える。これは法律上の義務ではありませんが、実務上はここを飛ばすと後で必ず揉めます。

全員が放棄したら、家は宙に浮く

相続人が全員放棄すると、その家を引き受ける人がいなくなります。この状態を整理するには、家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てる必要が出てきます。

この申立てには費用がかかり、事案によっては予納金を求められることがあります。金額は事案ごとに違うので、管轄の家庭裁判所に直接確認してください。ここを知らずに「全員で放棄すれば手離れする」と考えていると、想定が崩れます。

放棄を決める前に確認すべき4つのこと

① 次の順位は誰か、その人は知っているか

前述のとおりです。誰に回るのかを調べ、伝える。放棄の前にやることです。

② いま、その家を使っている人はいないか

親族が住んでいる、物置として使っている、といった実態があるなら、放棄の影響はその人に直撃します。所有者が不在になれば、住んでいる方は「所有者のいない建物に住んでいる」立場になります。放棄の前に、その方と話をしてください。

③ 他に受け取るはずだった財産はないか

相続放棄は全部か、無かです。「古い実家だけ要らない、預金は受け取る」という選び方はできません。

実家が負担にしか見えなくても、他に金銭的な価値のある財産が遺されているなら、それも一緒に手放すことになります。判断を誤る一番の理由がここです。実家の負担額と、放棄によって手放す財産の額を、両方紙に出してから決めてください。

④ 放棄以外の出口を、先に潰したか

相続放棄は唯一の出口ではありません。相続したうえで、売る・貸す・解体するという道があります。値がつかないと思っていた家に買い手がつくことも、貸せることもあります。

また、土地については相続土地国庫帰属制度という選択肢もあります。ただしこの制度には重要な制約があり、対象は土地だけで、建物がある土地は申請できません(却下事由)。承認された場合も負担金の納付が必要です。つまり、建物が建ったままでは使えません。

出典:法務省「相続土地国庫帰属制度の概要」

売る・貸す・解体するの見通しを立てたうえで、それでも放棄が最善だと判断できたなら、それは根拠のある判断です。順番はこちらで整理しています。

実家をどうするか決められないときに、先に置く3つの数字

相談先の切り分け

  • 放棄の手続き・期限・「現に占有」に当たるかの判断:弁護士、司法書士
  • 建物の状態、売れるか・貸せるかの見通し:不動産業者
  • 近隣とのトラブル、行政からの通知への対応:空き家がある市区町村の担当窓口
  • 相続財産清算人の選任と予納金:管轄の家庭裁判所

よくある質問

Q1. 遠方に住んでいて、実家には帰っていません。放棄したら管理義務は生じますか?

条文が義務を課しているのは、放棄の時にその財産を現に占有していた人です。占有していなければ、この条文の保存義務は生じません。ただし、鍵を持っている、荷物を置いている、定期的に見に行っているといった事情があると評価が変わり得ます。自分がどちらに当たるかは、弁護士または司法書士に確認してください。

Q2. ネットには「放棄しても管理義務は残る」と書いてあります。どちらが正しいですか?

令和5年(2023年)4月1日に民法第940条が改正され、義務を負う人が「放棄の時に現に占有している者」に限定されました。改正前の内容のまま残っている記事が今も多くあります。日付が古い解説を読んでいる可能性を疑ってください。判断は、条文と専門家の確認で行ってください。

Q3. 相続放棄に期限はありますか?

期限があります。期限を過ぎると放棄ができなくなる場合があるため、迷っている段階で早めに弁護士または司法書士に相談してください。具体的な期間と、その起算点がいつになるかは個別の事情で変わります。

Q4. 家を解体してから放棄すれば、話が簡単になりますか?

その判断はご自身でされないでください。相続財産に手を加える行為が、放棄そのものに影響する場合があります。解体を検討している段階であっても、着手する前に弁護士または司法書士に相談してください。取り返しがつかない順序で動く危険があるのは、この論点です。


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